春からのがれて

a0020932_1691650.jpg


 桜の開花予想が気象庁から発表される時期には、あのころのぼくは北海道にいることが多かった。春に向かってゆく気にはあまりなれず、逆に逃げるように北へ向かっていた。
 夜、上野を発ち、津軽海峡を寝不足で越えて昼過ぎに函館。
「室蘭・千歳まわり札幌ゆき『特別急行』北斗5号は3番線、倶知安・小樽まわり札幌ゆき『普通急行』ニセコ号は4番線・・・」なんて連絡船特有のアナウンスがなつかしい。

 急行ニセコには何度か乗ったがいつも空いていた。そのうえ自ら動力を持たない客車は走行音が静か、停止してしまえば物音ひとつ発しないとくれば、まるでこの列車と車窓風景をひとりじめできているかのような錯覚にいつもとらわれていた。
 長万部から小樽まではディーゼル機関車2両で山越えしてゆく。ギャラリーなぞいないまま淡々と進む助っ人機関車の連結作業を横目に「かに飯弁当」を仕入れ、舞い上げた雪に早くも淡く化粧した車列を眺める。函館から追いかけて来た特急<北斗>が先にあわただしく加速してゆく。

急ぐ理由はない。<ニセコ>も夜8時には札幌に着く。2時間強の待ち時間でさらに先へ、網走へ向かうか、稚内にするか・・・・。東京から北海道の果てまで夜行自由席2連泊の旅。いまとなってはニ度とできない旅。

発車ベルが鳴る。赤馬2頭立ての青い急行列車はでいざ後志(シリベシ)の峠道へ。

 追伸(3/14記)
 東京の自宅を出てから、3日目の夕方まで風呂に入る機会はなく、とうぜんパンツも換えず、というか換える場所もなく・・・。
 北を目指す旅人はきっとクサかったにちがいない。

<2点とも 1983.2.26 函館本線長万部駅にて アサヒペンタックスSP ネオパンSSS>

a0020932_1695058.jpg

[PR]
by y-gotosan | 2005-03-03 16:53 | 汽笛の風景
<< 嵐の前の 寝台特急あさかぜ2号 博多発東京ゆき >>