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カテゴリ:上撰 越乃白鷹( 75 )

叶わぬ再会

買い物がてら、お手軽モードのイオン裏。
詰めの甘さから背後の某書店の看板の始末に不満が残りますが、リベンジが叶うことはもうないのでしょうね。
<2005.5.1 六日町-魚沼丘陵 8065M はくたか85号>

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昨日発表された桜開花予想によると新潟も去年に比べ3,4日早まるそうです。まだまだ白の世界ですが春は急ピッチでめぐってきそうです。
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by y-gotosan | 2006-03-10 10:46 | 上撰 越乃白鷹

春の朝

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知人からパソコンを譲り受けました。98搭載のバイオノートからXPのFMVへ。デスクにどかんと鎮座したタワーと15インチTFT、この存在感いいですね。色々なことができそうでこれからが楽しみです。データの引越しと環境を整えている間に更新が滞ってしまい、ごめんなさい。

3月ですね、気分的には完全に春です。2月10日ごろを境に気候はがらりと変わりました。気温が上がり降ってくるのは雨ばかりという2月は初めての経験です。平年より雪のピークが40日以上手前に来て、そのぶん早く終わってしまったようです。「平成18年豪雪」と気象庁は命名しましたが、トータルの積雪量はいつもの年とあまり変わらないのかもしれません。スタートは強烈だったけれどある意味、「短い冬」だったのかも。

路傍にふきのとうが芽吹いてきました。雪の壁もだいぶ低くなり、建物との間に隙間もできて閉ざされていた1階が日に日に明るさを増しています。きのうから久々に雪になりましたが地面に落ちるや消えてしまう紛れもない春の淡雪です。去年の豪雪の雪消えはゴールデンウィークになりましたけど、今年はもっと早くなりそう、と期待しています。

魚沼丘陵駅でほくほく線をアンダークロスする県道から六日町方面にカーブした線路を狙うこのアングルはぼくのお気に入りです。7年前の今頃撮りました。前夜の雪を朝日に巻き上げて疾走する<はくたか4号>。485の運用で、2本しかなかったこの編成が検査に入ればボンネットが代走する、という要注目列車でした。
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by y-gotosan | 2006-03-03 08:28 | 上撰 越乃白鷹

シュプールをきざむ

トマム、安比、蔵王、天元台、猪苗代、上越、草津、白馬、栂池、志賀、戸狩、野沢、妙高…。
スキー専用列車<シュプール号>が全盛時代の頃、首都圏から行けた山々です。

国鉄末期にバスツアーに対抗して登場し、JR各社に引き継がれた<シュプール号>は徐々に少なくなり、ついに2005-2006シーズンはJR西日本の関西-妙高系統1往復だけになってしまいました。既に4年程前に運転をやめてしまったJR東日本エリアでは、ほとんどのスノーエリアが新幹線でカバーできるようになったこと、そして民営化後はJRがみずから旅行業を立ち上げ、新幹線利用であろうと旧国鉄の運賃制度ではとてもムリだった低運賃を自由に設定できるようになったこともシュプール号という特別列車をあえて設ける必然性が薄れた理由に思えます。その他JRとしての理由はもろもろあるでしょうが、最大の理由はやはり猫も杓子もスキー場に押し寄せなくなったという冬の遊び方の大変化にありそうです。

・・・・・・12月の声を聞く頃リリースされるユーミンの新譜をカセットに落とし、神田小川町のスキーショップ街を徘徊していた恥ずかしいほどステレオタイプな自分の居た20年前の世情にこそ<シュプール号>は似つかわしい列車でした。新宿発トマムゆき<夢空間・北斗星トマムスキー>なんて列車はあの華やかで脆かった時代を映す鏡のような存在だったとぼくは思います。冒頭に挙げた山々の中にもバブル期に調子に乗って莫大な資金を投下してオープンしたあげくに破綻してしまったところがいくつもあります。。リゾートという夢のようなコトバに踊らされていたあの時代こそが異常だったのですが、自然を壊して作ってしまったスキー場を元の山に復元させるには作るときの何倍もの経費と、何十倍もの時間が必要です。

さて、1998-1999シーズンのカットを二葉お目にかけます。大船発小出ゆき<シュプール上越1号>は青森運転所の、神戸発・北越急行経由越後湯沢ゆき<シュプール野沢・苗場号>は向日町のそれぞれ583系がその勇姿を上越線に現していました。

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石打丸山スキー場をバックに石打駅を発車する<上越1号>、なぜ営業前の早朝なのにゲレンデのナイター照明が点いているかというと圧雪車による整備作業用照明としてであります(勤務者だから知っている・・・)。


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98-99シーズンの最終運転、たしか3月28日頃だったと思います。そばにめぼしいゲレンデはないのになぜか停車駅だった大沢を後にする<野沢・苗場号>。神戸から乗り換えなしでここまで来れる列車があった、ということに撮った本人が久々にポジを見て感無量状態。

あたたかな春雨が残雪を濡らして霧が立ち上る朝でした。先頭車両から女の子が2人下車しただけですぐの発車。雨に打たれながら長いホームを歩みはじめた彼女達を寝台電車の大柄な車体が見送りながら走り去ってゆきました。
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by y-gotosan | 2006-02-14 22:21 | 上撰 越乃白鷹

シンクロ (new arrange)

さて、帰って来ました(笑)。

昨年の2月11日、会社を一時抜け出して、「工場」と呼んでいる自社の施設から撮ったものです。鉄道漢さんも湯沢近くでスタンバイされておられた筈。雪中を翔ぶ<はくたか>に熱くなっていましたよね。

私はリフトとのからみだけを考えて布陣しました。6秒間隔、4m/sで動くリフト搬器と<はくたか>のシンクロナイズド・・・。

前にも一度アップした写真ですが、改めて作画しなおしてみました。
<2005.2.11 越後湯沢-石打 8064M はくたか84号>

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by y-gotosan | 2006-02-12 21:31 | 上撰 越乃白鷹

負けるもんか!

名ばかりの立春になりそうです。
週末は「この冬一番の寒気襲来」とか。年末年始のヤツが一番じゃなかったのかよ?!と嘆いていても始まらないので、休みを利用して屋根の雪下ろし中です。

今日は雨、雪に埋もれた家の中より外の方があたたかいぐらい。こうなると雪は水気をたっぷり含んで重くなってしまうので、週末に備えて屋根をキレイにしておこうかと。

生活環境はいいけど何かと手のかかる家に引っ越して最初の冬、こうして雪に追われてカメラは目にしているけど全く触っていません。アップしたのは去年の今ごろ、魚沼丘陵駅の駅前広場の様子です。

1日に投函される手紙の数などこんなローカルな無人駅のポストだったらたかが知れているだろうに、何でここまで手間暇かけて掘り起こさねばいかんの?と思ってましたが、雪に負けずに日常のくらしを維持するため、が答えなのですね。

来やがれ、寒波!受けて立とうじゃないの・・・。ではがんばっていきましょう。


追伸
「春をめざす旅」の続きも今夜、がんばります。


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<2005.1 魚沼丘陵駅>
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by y-gotosan | 2006-02-01 13:15 | 上撰 越乃白鷹

ふぁいとぉ いっぱーつっ!

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遅ればせながら新年、おめでとうございます。

1週間屋根の雪下ろしをしないでいたら暮れも押し迫った30日に大家さんから「何とかしてくれ」と電話が入り、慌てて会社の若い衆で雪下ろしをバイトにしている連中に依頼しました。大晦日と元日、2日間にわたり仕事帰りの夕方6時過ぎから本当にご苦労様ではありましたが、

3人×5時間半×時給3000円・・・

FinePix S5200が買えたではないか!!

このままでは雪で身上つぶしてしまう、とばかり今日は半日会社を休んで意を決して屋根に上がりました。既に下ろした雪の山は2階の窓を覆い隠そうとしていますので高さの恐怖はあまりない上に、降って間もない雪は軽いため、スノーダンプでさくっと切ってはすっと落とすことができ初心者にも何とかなりました。が、要領の悪さはいかんともしがたく明日午前中で何とか終わらせたいのですが少し微妙です。

388センチ。今夜9時の津南での積雪です。観測史上最高ということで一躍全国ニュースのトップに踊り出たその町は当地から30キロほど。南魚沼市も負けてはいません。石打駅近くで電車が線路上の雪に乗り上げて脱線したのはおととい夕方のことでした。あの夜は猛吹雪。視界がふさがれクルマを止めてしまったのは初の経験でした。帰省のUターンとも重なって関越も17号も大渋滞。ふだんなら10分とかからない越後湯沢-石打間約6キロを通過するのに5時間もかかる始末。
当スキー場でも上部のリフトでは椅子が通過する下を掘っておかないとスキーやボードがもぐりこんでしまう状態になりつつあるようで、このまま降り続けばリフトすらも春の立山の風物詩「雪の回廊」と化してしまいそうです。じっさいそれが冗談では済まされないレベルの異常降雪となっています。

スキー場業界の端くれながら「スキー場さえなければ災害救助法を適用させて自衛隊に来てもらって除雪作業をしてもらえるかもしれないのに」と切実に思います。きょう、長野と石川で独居老人のお宅が屋根雪で押し潰されるという事故が2件立て続けに起きましたがまったく他人事ではありません。これが雨だったら災害としてニュースになるのに、一部のニュース番組は388センチとは・・・などとスタジオにその高さを示すスケールを持ち込んだりして面白がっている気配が見え見えでじつに不愉快でした。はっきりいって災害なのに。

当地で冬場、ケース単位で売れまくるのがタイトルのキャッチで誰もが知ってるあの小瓶です。
屋根の上で、庭先で誰もが疲れながらもやめられない作業に追いまくられています。負けるわけにはいきませんから。

元気がほしい。
屋根を心配せずに寝坊したい。
雪のないところに行きたい。

正月気分は元旦のバカみたいに分厚い新聞に感じただけでした。あしたも頑張りましょう。
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by y-gotosan | 2006-01-06 00:15 | 上撰 越乃白鷹

聖夜が明けて

2005年12月25日、クリスマスの朝、久々に陽射しが戻った六日町。
日曜とあって、早速うずたかく積もった雪の始末に追われるご近所に遠慮しつつちょいと近くの踏切にお散歩がてら行ってきました。

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とてつもない豪雪となった2005年12月の記録でもあります。

本年も多くの方にご覧いただきありがとうございました。
雪に明け暮れる生活にバテ気味ですが、また2006年もよろしくお願いします。

よい新年を!
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by y-gotosan | 2005-12-31 00:35 | 上撰 越乃白鷹

雪と生きる

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月曜夕方から降り出して昨夕まで、12月としては記録的な大雪になりました。
リフトは埋まる、運転機器室のガラスは全部割れる、駐車場では除雪作業以前に埋没したクルマの「発掘」が先になり、チケット売場は屋根の雪下ろしをせねば潰れてしまいそう・・・、てなもんでほんらいこの時期にするはずのない、或いはこの時期に大量に降ってしまった故に降って湧いた作業で大童です。

今日は一日小康状態、久々に青空を眺めることができました。朝日を浴びて輝く新雪のゲレンデ、チケット売場の屋根から眺めるとまるでシーズンたけなわの1月後半のようにしか見えませんが、オープンはあさって。雪はイヤというほどあるのに人っ子ひとりいない静寂のスキー場、というのも滅多に見られない世界です、これって役得ですかね。

この地に暮らし始めて8回目の冬本番が始まりました。

何でこんな過酷な地に人は暮らしてきたのだろう、あるいは暮らしているのだろう・・・。そんなことをこの冬は突然考え始めています。

きょうこの踏切を日中通りかかった際、ちょうど金沢からの<はくたか>通過を待つことになりました。ゆっくり通過してゆくほぼ満席の車窓には窓外に向けられたケータイのカメラを多く見受けました。よそ者にはやはりたまげる光景なのでしょうね。

雪見酒などという生易しいレベルではありません。2階の窓から眺める布団を積み上げたような分厚さの雪に覆われた家並みは、まるでほんとうに町が布団にもぐりこんで厳しい冬をやり過ごしているかのように見えます。

この写真はことし1月27日の朝に撮ったものです。だいたい今と同じ感じでしょうか。
この直後の31日から2月3日頃にかけて降り続いた雪はまさに恐怖ともいうべき激しさでした。1昼夜で110センチ、あの経験は二度とゴメンです。

<2005.1.27 六日町-魚沼丘陵(六日町街道踏切) はくたか3号>
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by y-gotosan | 2005-12-15 22:37 | 上撰 越乃白鷹

忘年会 ~『国鉄』の終焉

一昨日は一発目の忘年会がありました。呑んで喰って、呑んで唄って夜の六日町に福沢諭吉が千鳥足で消えてゆきました。スキー関連の仕事に就いている人も多い土地柄、このあたりはいま時分が忘年会のピークです。とはいっても私に限らずまだ40日近くあるこの1年を忘れるような境地にはまだまだ・・・。要は呑んだくれる大義名分といったほうが正しいかもしれません。

鉄道のこの1年、ボンネット<はくたか>の消滅、3月には<あさかぜ><さくら>、9月には<彗星>と伝統の寝台列車の相次ぐ廃止、とJR化後も残っていた国鉄時代の車両や列車の整理が急ピッチで進んだ年でありました。
JRになったのがつい昨日のような気がするのは「中年」という年齢だからで、何ともう18年にもなります。細々と生き残ってきた国鉄時代が車両の老朽化やニーズに合わなくなってなくなってゆくのはやむをえないのかもしれません。
私が20前後の頃、大糸線や飯田線に生き残っていた戦前生まれの旧型電車に熱中していたのと同じような感覚で「国鉄を知らない子供達」はボンネットの<はくたか>やブルートレインに熱い視線を向けているのでしょうね。

国鉄から継承された長距離列車のうち、複数の地域会社にまたがるものはおそらくあと1、2年のうちにごく一部を除いて消えてしまうような気がします。また同じく国鉄から引き継がれた北海道から九州までの「最長片道切符」に象徴されるような全国統一の営業ルールも大きく見直される時が来るのではないでしょうか。
幼少から青年期まで馴染んだ「国鉄」の気配がなくなってゆくのは寂しいことです、でも何だかんだ言っても大好きな鉄道、4月の尼崎事故のことは決して忘れることなく安全最優先で誰からも頼れる存在でありつづけてほしい。なぜならそれは政治家に言われるとおりにやっていたら赤字になると決まりきっていたのに、彼らにこき使われた挙句に赤字じゃ駄目だと潰された「日本国有鉄道」が100年かけて築き上げた世界に誇れる伝統だからです。

2001年3月、惜しまれつつ消えた昼間の特急としては日本最長距離、大阪-青森間を結んでいた<白鳥>の廃止前日の勇姿です。消え去るものの為に、と意図していたかは定かではありませんが、コダックのT-MAX400で撮影していました。カラーラボで現像する新しいタイプの白黒フィルムです。
早春の越後路は小雨もようでした。

<2001.3.1 塚山-越後岩塚>
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by y-gotosan | 2005-11-24 22:30 | 上撰 越乃白鷹

一瞬のひだまり

金・土曜と東京に行ってました。関越トンネルを抜けて群馬側に出た瞬間は、9日ぶりに「乾いた道」を走り出す瞬間でもありました。

今年は冬の訪れが早いように思えます。降り続く雨は日に日に冷たさを増し里に雪が下りてくるのは時間の問題、周囲の山の白い部分がだんだん低くなって来て冬の包囲網がじわじわとせばまっているのを実感する今日この頃です。

街も慌しさをいちだんと増して来ました。ホームセンターの資材運搬用に無料で貸してくれるトラックはフル回転。大型スーパーもなにやら買いだめする人で大賑わい。昔ほどは物心両面ともに「閉ざされ」てしまう状況ではないはずですが、それでも大きな樽に大根や野沢菜を漬け込む、ミカンを箱で買う、塩鮭を1尾買う・・・。

迫り来る冬を前に陽だまりが恋しいです。いま週間予報を見ましたが明日午前中に晴れ間がのぞくだけで、向こう1週間すべて傘マーク。

撮影気分ではありません。

これは4年前の勤労感謝の日。消えてしまったボンネット車両がかつての<白山>の塗装だった時代。

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<2001.11.23 十日町-まつだい>
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by y-gotosan | 2005-11-20 19:38 | 上撰 越乃白鷹