<   2005年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

春からのマイ・ブーム

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機関車、それは鉄道のチカラの象徴。新幹線からトロッコまで線路の上を走るものはなんでも大好きだけれども、大きな機関車が、それもダブルヘッダーで長大な貨物列車を牽引する姿には男の子だもん!惚れ惚れしてしまいます。ここのところ続いた暖かさでだいぶ背の低くなった雪壁の彼方から悠然と現れる・・・というイメージで作画してみました。

中越地震の後遺症が尾を引くJR上越線(一部区間が単線のまま、あくまで仮復旧の現状)に白昼現れた貨物列車。これまで貨物は夜間にまとまって走っていましたから単線区間が残っているぶんやはりダイヤがタイトなのでしょうか。
いつまでこの時間帯で運転されるのかはわかりません。以前のように夜間に走るようになれば地震からの復興がとりあえず鉄道に関しては成った、ということで喜ばなくてはいけないのでしょうね。

チカラの象徴にしばらくハマリそうです。

<2005.3.3 六日町-五日町 EOS55 75-300mmF4-5.6USM f値オート 1/500sec>
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by y-gotosan | 2005-03-12 23:20 | 上撰 越乃白鷹

カウントダウン「ダッシュ3000」ファイナル

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 2月23日、早番勤務を終えてダッシュ3000とのお別れに赤倉トンネル上に急ぎます。
 春が近いなぁ、と雪国で感じる一瞬は陽が高く、そして長くなって黄昏時の風景が銀世界なのにカラフルになることでしょうか。年の暮れの頃のような陰鬱な夕方ではなくなります。明るくのどかな気配に散歩がしたくなります。

 雪壁に足場を作って最後の<はくたか14号>をじっと待ちます。
 湯沢から六日町の上越線が古い規格の、道にたとえれば旧街道だとすれば、六日町からの北越急行線はその名に恥じない高速道路のような線路になります。旧型のダッシュ3000にも目一杯のノルマが課せられています。
 来た!でも数瞬のちには<蒼いはくたか>はトンネル突入の際の気圧変化で生じる轟音を残して、文字通り全力で駆け抜けていったのでした。
<2005.2.23 魚沼丘陵-美佐島>
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by y-gotosan | 2005-03-12 00:25 | 上撰 越乃白鷹

シンクロ

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このリフトは速度が秒速4メートル、6秒間隔です。それを念頭にアングルを決めます。
狙いはメトロノームのような正確さで前景を行き来するリフト搬器(ブラ下がってる椅子のことです)と<はくたか>をシンクロさせること。

・・・及第点でしょうか?!

<2005.2.11 越後湯沢-石打(石打丸山スキー場内) はくたか83号>
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by y-gotosan | 2005-03-11 23:26 | 上撰 越乃白鷹

嵐の前の

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天気予報の地域区分では「新潟県の中越地方」に含まれるここいらですが、その南端近く、群馬県境に近いとあって、中越地方のそれよりは群馬県北部の予報の方が実際の空模様に近いことが往々にしてあります。

この日も朝のうちはそんな状態でした。「寒気が南下、中越は大荒れ」の予報が起きてみれば晴れ、でも子供を幼稚園に送りがてら線路ばたに来てみると北の方角は灰色の雲に覆われ、中越地方の大荒れの天気が、群馬県北部地方のようなおだやかな空を塗りつぶしにやってくるところでした。まさに嵐の前の・・・、の状態。

2時間後には八海山はおろか、六日町の裏山も白いベールに閉ざされていたのでした。

<2005.2.3 六日町-魚沼丘陵 1004M はくたか4号>
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by y-gotosan | 2005-03-08 22:25 | 上撰 越乃白鷹

春からのがれて

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 桜の開花予想が気象庁から発表される時期には、あのころのぼくは北海道にいることが多かった。春に向かってゆく気にはあまりなれず、逆に逃げるように北へ向かっていた。
 夜、上野を発ち、津軽海峡を寝不足で越えて昼過ぎに函館。
「室蘭・千歳まわり札幌ゆき『特別急行』北斗5号は3番線、倶知安・小樽まわり札幌ゆき『普通急行』ニセコ号は4番線・・・」なんて連絡船特有のアナウンスがなつかしい。

 急行ニセコには何度か乗ったがいつも空いていた。そのうえ自ら動力を持たない客車は走行音が静か、停止してしまえば物音ひとつ発しないとくれば、まるでこの列車と車窓風景をひとりじめできているかのような錯覚にいつもとらわれていた。
 長万部から小樽まではディーゼル機関車2両で山越えしてゆく。ギャラリーなぞいないまま淡々と進む助っ人機関車の連結作業を横目に「かに飯弁当」を仕入れ、舞い上げた雪に早くも淡く化粧した車列を眺める。函館から追いかけて来た特急<北斗>が先にあわただしく加速してゆく。

急ぐ理由はない。<ニセコ>も夜8時には札幌に着く。2時間強の待ち時間でさらに先へ、網走へ向かうか、稚内にするか・・・・。東京から北海道の果てまで夜行自由席2連泊の旅。いまとなってはニ度とできない旅。

発車ベルが鳴る。赤馬2頭立ての青い急行列車はでいざ後志(シリベシ)の峠道へ。

 追伸(3/14記)
 東京の自宅を出てから、3日目の夕方まで風呂に入る機会はなく、とうぜんパンツも換えず、というか換える場所もなく・・・。
 北を目指す旅人はきっとクサかったにちがいない。

<2点とも 1983.2.26 函館本線長万部駅にて アサヒペンタックスSP ネオパンSSS>

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by y-gotosan | 2005-03-03 16:53 | 汽笛の風景

寝台特急あさかぜ2号 博多発東京ゆき

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東京発下関ゆき<あさかぜ>、同じく長崎ゆき<さくら>が今夜の運転を最後に廃止されます。いま上下の最終列車が東海道を西へ、山陽本線を東へひた走っているはず。私が子供のころにはチケットを確保するのも大変だった東京と西日本を結ぶ寝台特急列車も近年は並み居るライバルたちに敗れて惨憺たる状況で運転されていたようです。
確かにいまどきカーテン一枚で男女別もなく2段ベッドで横になる世界なんて、寝台車以外にありますまい。列車で横になって寝て行ける、ということだけでも画期的にありがたかった半世紀前から何の改善もせず、料金だけは値上げし続けていった故の当然の結末でしょうか。

鉄道が好きです。いい年こきつつ今でも日本国内ぐらいヒコーキのお世話にはなりたくないと思うような奴です。寝台車のあの非日常性が大好きだから消えてほしくないと思う反面、きっと私のような人間は超少数派でしょうから、今のままでは最後に残る<富士・はやぶさ>も危ないのでは?
天下の東京駅から出る列車が新幹線と通勤電車と踊り子号だけってのも淋しすぎます。日本を代表するような長距離列車に進化して、そのあったかい灯が消えないことを祈ります。どんな列車かって?・・・食堂車は絶対!のほかは高速バスのような座席のクルマ、フェリーの桟敷席のようなクルマ、徹底的に人手をかけてサービスにこだわった個室寝台車、あとこれまでの寝台車を大幅に料金を下げて少し残せば、ニーズにだいたい応えられそう。

このモノクロームは1976年5月、まだ彼女たちが走るホテルと呼ばれ、寝台券の入手が至難だった時代のひとこま。小雨にけぶる真鶴と湯河原の間であこがれつつシャッターを切りました。
とりあえずお疲れ様、<あさかぜ>、<さくら>。永久欠番と決まったわけじゃないからいつか素敵な列車の名前で再会できるのを楽しみにしています。
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by y-gotosan | 2005-03-01 00:25 | 汽笛の風景