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あのころ、塩田平で その3

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侘しさを感じる、寂しさを感じる、あるいはコワイ・・・思いは色々ありそうだが、いま見返すと私にはどんなテーマパークよりも楽しいところというかんじ。沿線のほぼ中間、上田原駅に隣接した車庫を訪問した。
「どうぞ、適当に撮って」てな対応だったと思う。どこまでが車庫の敷地でどこからが田畑なのかはっきりしない裏のほうに回ると二度と走ることのない廃車体が居並ぶ。暖かな陽射しのもと、あっけらかんと広がる光景に・・・やがて土に還ってゆく電車たちに夢中でシャッターを切り続けていた。


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乗車率200%を超えた10両編成の電車が2分間隔の並行ダイヤで都心をめざす・・・日頃接している世界と異なるあまりののどかさに、いまどきの流行りコトバでいくと「癒されていた」のかもしれない。
波打つか細いレール、所々傾いたりしながらも架線を支える支柱、ときに田園を、ときに塩田平の村なかをめぐる電車の施設は風景にすっかり溶け込んでいたようである。階段の昇り降りをせずにすっと電車に乗り降りできる駅もそう、足元が地についた安心感みたいなものを電車に乗る者たちにあたえていたように思う。

また、ゆったりと温泉ゆき電車が、歩いてきた・・・。

<このシリーズおしまい>
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by y-gotosan | 2005-06-24 22:08 | 汽笛の風景

あのころ、塩田平で。その2

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先頭は最近、移籍してきたばかりのもと東急電鉄5000系。昭和29年生まれ。
軽量化を徹底追及した末に生まれた断面をみるとおにぎりのような形のモノコックボディはほかに類例のない斬新なスタイル。運転台を後付けする大改造を受けていても一目瞭然。
うしろに従うのは「丸窓電車」。正式にはデハ5250型。昭和2年生まれ(!)。
この鉄道生え抜き。

生まれも育ちもまるで異なる電車同士が手を取り合って黄昏時の塩田平を駆ける。


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1997年秋。
上田は開業した「長野新幹線」の停車駅になった。
そして新幹線とひきかえにJRは信越本線の経営を手離し、それを長野県が買い取って第3セクター「しなの鉄道」になった。
さらに、新幹線開業に合わせて駅も高架化されたらしい。

わずか21年前、というつもりが21年も昔の、と言わなければならないほど温泉ゆき電車の始発駅は変貌してしまったようだ。

この写真は前夜泊まった駅前の「東急イン」の客室から撮ったもの。
信越本線のホームには上野ゆき特急<あさま>を待つ人々が集い、温泉ゆき電車のホームにはラッシュ輸送のために、上田交通の動ける電車がみな集まってきたかのような賑わいを見せている。

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昨日に引き続き下之郷のカーブに向かう。昨夕とは反対に順光となるカーブ南側に立つと背景にぽっかりそびえる残雪の独立峰。浅間山である。塩田平から見えるとは思っていなかったのですっかり嬉しくなってしまった。

<つづく>
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by y-gotosan | 2005-06-17 22:06 | 汽笛の風景

あのころ、塩田平で。 その1

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 まるで汽船の舷窓のような丸い窓。
 実用とは無関係、造形美というべきか遊び心というべきか、田舎の古い電車が丸い窓ひとつで優雅にみえる、そして有名になった。
 上田交通別所線。信越本線の上田を起点に塩田平と地元では呼ぶ盆地を南西に走り、山ふところに湧き出る温泉町、別所を終着とする11.6㌔の小さな鉄道だ。でもこの正式な呼び方はどうも好きではない。「ナントカ交通」ではバスだか何の乗り物だかわからない。以後は勝手に温泉ゆき電車と呼ぶことにする。

 あのころ、とは1984年の4月26・27日。おそらくそのとき以来はじめて、そんな日付が書き込まれたネガ袋を開けてみた。


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 小淵沢の大カーブを甲斐駒バックによじ登る小海線キハ56がネガの冒頭に出てくる。てことは、そのあと茅野から白樺湖、和田峠を経て丸子町に出たのだろうか。この撮影行は当時のバイト先だった小田急新宿駅学生班の仲間と一緒だった。野郎3人で白樺湖だのビーナスラインだのなんとも場違いなことよ!とお互いを恨んでいたような。そんなドライブコースもあって温泉ゆき電車の撮影は上田からではなく、いきなり終点別所温泉近くの山から俯瞰で始まっている。
 塩田平がいよいよ尽き、迫ってきた山の気配がゆるやかながらも田園を棚田にさせる。そのなかを懸命に登って行く。「頑張れ頑張れ」と声をかけていただろうか・・・・。


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 いまの折り返しの電車が別所温泉を発車、上田へと下り始めたところだ。湯けむりが望めないのが残念だが、温泉旅館らしき建物がちらほら。

 さてさっきまで1両だけだったのに2両になっている種明かしはこう(山上から一部始終を見学させていただいた)。
 朝ラッシュにカタをつけた2両編成の電車は上田からここまで回送同然で登ってくると、1両は置き去りにして、残った1両だけで日中の閑散時を過ごす。夕方のラッシュが近づくと再びもとの2両に戻って山を下り、上田からの帰宅のアシになるというわけ。
 見るとおり、ようやく確保しました!という用地買収担当者の誇らしげな報告が聞こえてきそうな(?)狭い平地に駅はあるが、構内手前に急勾配の本線に対してこちらに画面左へ張り出したような平坦な引込み線が見えるのがわかるだろうか。スイッチバックの折り返し線のようだが、これが1両分の昼寝のスペース。まったくムダがない。
 現在の温泉ゆき電車はこの当時の古い車両を一掃し、東急東横線おさがりのステンレスカーで運転されているようだ。しかし都会の通勤電車では1両単位のこまめなローテーションは不可能なはずで、2両のまま日がな一日行ったり来たりしているのだろう。それとも改造して1両単位で走れるようにしたかはわからないが、「古い電車じゃ保守にカネがかかる、さりとて新しくすると・・・」。いろいろあったんでしょうね。

≪つづく≫
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by y-gotosan | 2005-06-14 22:14 | 汽笛の風景

大河とならん

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「千曲川」だと信州の山なかをのどかに流れるという雰囲気ですが、「信濃川」だと大河のイメージになりますね。千曲川から信濃川に名を変える長野県境から20キロほど下流で<はくたか>はその流れを横切ります。まだ越後平野を悠々と流れる大河の風格はありませんが、広大な川原が春の雪解けの奔流を想像させます。

<十日町-まつだい EOS55 75-300mmF4-5.6USM RVP+1>
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by y-gotosan | 2005-06-13 23:46 | 上撰 越乃白鷹

みずのくに しとしと

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会社へはマイカー通勤。だから有事に備えたスクランブル体制は万全でカメラバッグと三脚は殆ど積みっぱなし。会社帰りの17時台の上越線は、上下1本ずつのローカルと<はくたか>、それに下りのほくほく線ローカルが1本という密度の濃い時間帯。気が向けば会社~我が家の13キロ間で時計をにらみながら線路端へ赴いている。

5月下旬の塩沢。上り水上行き通過の直前から通り雨がやってきた。遅かった春を挽回させるかのようなあたたかな雨だった。

<2005.5.21 塩沢-六日町 9766M EOS55 28-80mmF3.5-5.6USM>
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by y-gotosan | 2005-06-11 23:18 | 上撰 越乃白鷹

高速進行っ!

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進路を司る信号機は青2灯の「高速進行」。
黄昏から夜へ。金沢までの疾走はまだ始まったばかり。
<1999.5 六日町-魚沼丘陵>
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by y-gotosan | 2005-06-11 20:33 | 上撰 越乃白鷹

みずのくに ゆらゆら

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 坂戸山。私たちの町のシンボル、六日町駅から徒歩でまぁ90分、標高650mほどの山です。
 田に水が張られたみずみずしい5月の眺めを残したくて、でも日が高くなり気温が上がれば、空気のゆらぎが写真をシャープでなくしてしまう、ということで始発<はくたか1号>に照準を合わせて早朝登山を敢行したのですが・・・。
 結果はごらんのとおり、まるで水槽をのぞきこんでいるようなぐあいになってしまいました。

 コドモが学校に上がると行事も俄然ふえ、週末ごとに何かしらあって落ち着いて鉄活動などとてもできない状況になってきています。8時過ぎの始発<はくたか>で駄目なら6時台の一番電車でキレのいい俯瞰を・・・と心に決めつつはや6年、今年もダメそうです(悲)。
<1999.5 坂戸山山頂から塩沢-六日町を望む オリンパスOM-10 ZUIKO200mm F5.6 x2エクテンダ使用>
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by y-gotosan | 2005-06-07 21:02 | 上撰 越乃白鷹