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聖夜が明けて

2005年12月25日、クリスマスの朝、久々に陽射しが戻った六日町。
日曜とあって、早速うずたかく積もった雪の始末に追われるご近所に遠慮しつつちょいと近くの踏切にお散歩がてら行ってきました。

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とてつもない豪雪となった2005年12月の記録でもあります。

本年も多くの方にご覧いただきありがとうございました。
雪に明け暮れる生活にバテ気味ですが、また2006年もよろしくお願いします。

よい新年を!
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by y-gotosan | 2005-12-31 00:35 | 上撰 越乃白鷹

冬の旅Ⅳ  ~雪夜

2005年もあと2日で終わり。更新が滞りがちなのにもかかわらず弊ブログは今週はじめに5000hits達成。いつも遊びにおいでいただく皆さんに深く感謝しつつ、慌しい中でひさびさの更新です。

また明日夕方から暴風雪の予報です。
道路は両側が3m近い雪壁に閉ざされた回廊と化しました。走りなれているはずなのに風景が消滅し、普段ならよく見えるラーメン屋の込み具合もわからなくなってしまいました。我が家も含めて1階は完全に雪に埋もれ、きょう張り切って屋根の雪掘りをしたお宅では屋根はすっきりしたものの2階が半分ほど見えなくなっています。いったいいつまで降り続くのでしょう。
今年の1月下旬から2月中旬にかけてもそれはものすごい豪雪でしたが、日がいくらかは長くなっていたし、でそれに暦の上では「立春」前後の時期でしたのでまだ救いがありましたが、今回はこれからが「大寒」じゃないか!
・・・うんざりを通り越して恐ろしくなってきます。NHKお昼のニュースの冒頭いつも出てくるドピーカンの西新宿摩天楼群にコタツのみかんを投げつけたくなります。

でもまだあの旅は終わっていませんでした。
雪のある夜景を選んでみました。


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<1986.12.30 函館本線仁山信号場 光跡は函館ゆき北斗86号>

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<1985.1.14 函館山より函館駅を望む>

この旅の際には函館山々上で新年を迎えました。連絡船も含めて港内に居合わせた船が午前0時を期していっせいに汽笛を吹き鳴らし、寒さを忘れて感激したことを思い出します。でもそのときの写真はブれているため、その前年の黄昏時の撮影のものでご勘弁ください。連絡船は十和田丸、おりしもこの便に接続する特急列車が函館駅に接近中です。
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by y-gotosan | 2005-12-30 00:11 | 汽笛の風景

雪と生きる

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月曜夕方から降り出して昨夕まで、12月としては記録的な大雪になりました。
リフトは埋まる、運転機器室のガラスは全部割れる、駐車場では除雪作業以前に埋没したクルマの「発掘」が先になり、チケット売場は屋根の雪下ろしをせねば潰れてしまいそう・・・、てなもんでほんらいこの時期にするはずのない、或いはこの時期に大量に降ってしまった故に降って湧いた作業で大童です。

今日は一日小康状態、久々に青空を眺めることができました。朝日を浴びて輝く新雪のゲレンデ、チケット売場の屋根から眺めるとまるでシーズンたけなわの1月後半のようにしか見えませんが、オープンはあさって。雪はイヤというほどあるのに人っ子ひとりいない静寂のスキー場、というのも滅多に見られない世界です、これって役得ですかね。

この地に暮らし始めて8回目の冬本番が始まりました。

何でこんな過酷な地に人は暮らしてきたのだろう、あるいは暮らしているのだろう・・・。そんなことをこの冬は突然考え始めています。

きょうこの踏切を日中通りかかった際、ちょうど金沢からの<はくたか>通過を待つことになりました。ゆっくり通過してゆくほぼ満席の車窓には窓外に向けられたケータイのカメラを多く見受けました。よそ者にはやはりたまげる光景なのでしょうね。

雪見酒などという生易しいレベルではありません。2階の窓から眺める布団を積み上げたような分厚さの雪に覆われた家並みは、まるでほんとうに町が布団にもぐりこんで厳しい冬をやり過ごしているかのように見えます。

この写真はことし1月27日の朝に撮ったものです。だいたい今と同じ感じでしょうか。
この直後の31日から2月3日頃にかけて降り続いた雪はまさに恐怖ともいうべき激しさでした。1昼夜で110センチ、あの経験は二度とゴメンです。

<2005.1.27 六日町-魚沼丘陵(六日町街道踏切) はくたか3号>
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by y-gotosan | 2005-12-15 22:37 | 上撰 越乃白鷹

冬の旅 Ⅲ

北海道へ渡ると、同じ雪景色でも青森と異なり乾いてみえるのが不思議です。
函館から普通列車で30分ほどの大沼一帯で1日を過ごしました。
国鉄民営化を翌春に控えていただけに、特急列車は国鉄伝統カラーから北海道独自カラーへの塗り替えが進行中でした。しかしこのいっけん東武スペーシアふうのカラーもいまや過去のものになっています。旧型気動車の廃車回送の臨時列車も見ましたし、タラコ色のローカル列車はどんなカラーになるのかなぁ・・・、急速に進みつつある国鉄の払拭作業を眼にしながら、複雑な心境で歩き回っておりました。
<3点とも1986.12.30 函館本線 大沼公園駅付近で>

「湖畔」
国鉄からJR(86年暮れの時点ではまだこの通称は公にはなっていなかったと思います)に向けた先述のイメージチェンジ作戦過渡期にしてもどうにかならんか、このマダラ!
憤慨しつつも「記録」と割り切りシャッター切った特急「北斗」です。
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「駒ケ岳」
車窓から何度も見てきたこの美しい光景も思えば歩く速度で眺めたのは初めてでした。「原野」だの「荒野」だの青年がヨロコブ言葉に導かれて素通りしてきましたから・・・(汗)
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「次は終着函館」
大沼公園駅を函館ゆき上り<北海2号>が発車してゆきます。
小樽、倶知安、ニセコ・・・厳しい峠道をクリアしてきた痕跡をうっすら残して、豪快に紫煙を吐いて加速してゆく後姿にしびれました。
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by y-gotosan | 2005-12-12 22:05 | 汽笛の風景

冬の旅 Ⅱ

「鶴、雁行。」
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このころ
上野-青森間の寝台特急列車は東北線経由の<はくつる>が2往復、常磐線回りの<ゆうづる>は3往復という陣容でした。あたかも大空を舞うほんものの鶴のようにつごう五羽がみちのくの夜を雁行していたわけです。
ほかに奥羽回りの<あけぼの>、自由席メインの急行列車は<八甲田>と<津軽>がありました。東北新幹線開業前から比べれば縮小されてはいましたが、それでもこの錚々たるラインナップ。私も帰省ラッシュに割り込んで<ゆうづる>のベッドをやっとこさ押さえ、この旅に出たのでした。

青い夜行列車群が踵を接して到着し、連絡船が駆け込む乗客を引き取って汽笛を吹き鳴らす・・・・。そんなあの唄の一節そのままの世界があたりまえに繰り広げられておりました。

<真中の2枚 1986.12 野内-浅虫>
<さいしょとさいご いずれも青森駅>
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by y-gotosan | 2005-12-01 21:35 | 汽笛の風景